ユーリカ!

コアラが食べてる奴じゃないよ

嘘を信じれば気持ちよく生きれる

f:id:Thunder555:20180707174311j:plain

嘘で塗り固められた人生の、さんだーです。(嘘です。)

小説家・三浦綾子さんの短編集『死の彼方までも』に、息を吸うように嘘ばかりつく女の話があります。

「足跡の消えた女」というタイトルです。

こんな一節が出てきます。

嘘をつかなければならぬその人間のみすぼらしさを、見限っちゃかわいそうじゃないか。ぼくらだって、嘘を言うことはあるよ。そしてその嘘を信じてもらっているよ。嘘を言っていることでは、彼女と五十歩百歩さ

[p188『死の彼方までも』より]

そこで思ったのが、

「嘘を全部信じたら気持ちいい人生になる」のではないか?

ということです。

嘘つかれるのって悲しいですけど、それにいちいち反応するのって時間の無駄じゃないかと思うのです。

 

ついていい嘘と悪い嘘

嘘にも種類があります。

  • 邪悪な嘘:他人を陥れてやろうとつく嘘
  • 自己保身の嘘:自分の欠点を隠すためにつく嘘
  • 誰かのための嘘:誕生日サプライズなどをする場合嘘をつかざるを得ないこともあるでしょう

まだまだ色々なシチュエーションがあると思います。

 

日常的なことだと、

「電車が遅れて遅刻しました!」(寝坊だけど。)

「浮気なんてしてないわよ」(してるけど。)

「昨日忙しかったんですよね〜」(それほど忙しくなかったけど。)

など、自己保身や見栄=自分を上げるための嘘が多いはずです。

 

詐欺師のように相手に損をさせて自分が得をしようという魂胆の嘘は絶対についてはいけない嘘ですが、それ以外はというと・・・。

難しいところですよね。

誕生日サプライズのように相手を喜ばせようとつく嘘もあります。

 

なので、嘘の良し悪しの判断って想像以上に困難を極めます。

「基本的に嘘はつかないほうが良いが、ただし例外あり」というのが今のところ正解ではないでしょうか。

 

人を疑ってかかる生き方

僕は結構人の心が読めるタイプなので、嘘かどうかも大体判断がつきます。(当たってるかどうかは置いといて…)

これは決して人を疑っているからではないのですが、もし誰かと話しているときに嘘っぽい話だなとか言い訳っぽいなと、ふと思ってしまったらその会話が面白くなくなるんですね。

途端に気持ちの良い空間ではなくなってしまいます。

 

人は誰しも、つい出来心で嘘をついてしまうことだってあるでしょうし、相手がわかりやすいように言葉を言い換えて話した結果嘘っぽくなってしまったということも無きにしもあらずです。

お笑い芸人さんであれば、あえてインパクトのある言葉を使ったり、事実をちょっぴり脚色したりもすると思います。

それ全部、悪です、罪です、不快ですなんて言ってたら、何も喋れなくなるわけですよね。

 

以前のバイト先で「同僚を信じられないおっさん」がいたのですが、自分の立場がまずくなりそうだったらその会議の音声を録音していたそうです。

自分は悪くない、周りの同僚が変なことを吹っかけてきているんだ!ということを証明するのに使う、ということでした。

人を疑うことが癖になっているのでしょうけど、クソみたいな生き方ですよね。

 

そもそも他人の嘘は絶対に見抜けない

そもそも人は「嘘をつける」生き物ですし、間違って覚えたことを他人に話してしまい嘘になるということもあります。

じゃあ、人と人とがコミュニケーションをする以上、嘘というのは常につきまとうものなんですね。

 

それをいちいち確かめようとしてたら時間がいくらあっても足りません。

その都度、嘘発見器を使うのかいってことですし、嘘発見器が嘘をついてたらどうしようもありません。

 

この世に他人の嘘を確かめる術など存在しない

のです。

 

僕が嘘を読めるのは、相手の表情や会話の辻褄などです。

でも、そんなの相手が具合悪けりゃ表情も悪くなるでしょうと。

夢で見たことと事実を混同してしまっていれば辻褄だって合わなくなるでしょうと。

なので、「嘘ついてもいいよ」と心構えしておくことが重要です。

 

嘘なんてつこうと思えばいくらでもつけるんだから、別に嘘をついたとしても僕はあなたを咎めたりしないよ。

僕は全力で嘘を受け止めるよ。あなたを信じるよ。

だから、安心してコミュニケーションしよう。

 

ってな感じで、こちらは余裕を持って受け入れ態勢万全にしておけばいいと思います。

こう思っておけば、相手は逆に心を開いて本音を開示してくれるかもしれませんよね。

嘘は信じればいいのです。

 

こちらは絶対に嘘をつかないという姿勢

最近の僕は少し成長したみたいで、嘘をつかないよう意識しています!

(意識的に気をつけないといけないなんて、なんて汚れた人間なんだ…)

 

漫画『ライヤーゲーム』の主人公は、正直すぎて馬鹿を見るような性格なのですが、それが羨ましいです。

馬鹿を見てもいいんです。

 

僕の友達で物凄いピュアなのがいて、場を和ませるためのジョークでさえ信じちゃって「え、マジで?」とか言ったりするんですよ。

そのまっすぐさに感動を覚えるんです。

そして、そいつのことをなぜか慕ってしまう。

 

嘘や小細工のないピュアな心は人を惹きつけるのだと思います。

僕らは人に嫌われないようにと思って嘘をつきますが、嘘をつかずに堂々と生きたほうが信頼を集めるのです。

嘘をつけば、人が離れてきます。

 

じゃあ、答えは簡単です。

自分は他人の嘘を信じて、自分は絶対に嘘をつかないようにする。

 

「自分は素直で堂々としていれば上手くいく人間なんだ」というセルフイメージを持ちましょう。

自分の非を素直に認めたり、まぬけさを客観的に笑えたら、これは立派だよ。人間、立派ということは、こういうことじゃないかな。ここには劣等感も傲慢もない。あるがままの自分を見つめる澄んだ心だけがある。寛い心と言ってもいいね

[p172『死の彼方までも』より]

この世の詐欺師ども全員こうなったほうがいいよ!!おすすめ!!

 

まとめ:いくら騙されても。

こちらは本当のことを言って褒めたのに、相手にお世辞だと取られることってありますよね。逆もしかり。

この場合いくら言っても「またまた〜」と言われます。

 

このケースを気持ちよく乗り切るにはどうしたらいいでしょう?

  • こっち:本当のことを言う
  • 相手:言われたことを信じる

そうすれば円滑ですね。

クレヨンしんちゃんみたいに「えへへ、それほどでも〜」って褒められてもいないのに照れていればいいのです。

 

嘘か誠かなんてどうせわかりませんし、そんなのどっちでも良いんです。

大事なのは、目の前にいる人を信じること。

それが大切な人であればあるほど信じてあげましょう!!!

 

僕も目の前にいる相手に信じてもらいたいです。

だから、まずはこっちから相手を信じてあげましょう。

絶対気持ちいいですよ。

 

さんだーでしたっ